3度目の流産|必要なのは”子どもを持てない覚悟”ではなく。

約1年前。2024年の10月から本格的に不妊治療を開始しステップアップを重ね、2025年の7月から体外受精に移行しています。

タイトル通り不妊治療を開始してから今まで3回の稽留(けいりゅう)流産を経験しました。

※稽留流産とは?
腹痛・出血などの症状はないけれど子宮内で赤ちゃんが亡くなっている状態の事。稽留流産と診断される症状は下記の3つ。
・赤ちゃんの存在は確認できるが心拍が確認できない
・赤ちゃんの心拍を途中で確認できなくなった
・子宮内膜に胎嚢や卵黄嚢が確認できても、赤ちゃんと心拍を確認できない
参考:https://www.torch.clinic/contents/1850

気持ち的にも少し落ち着いてきた今、私たち夫婦に必要なのは”子どもを持てない覚悟”ではないんだなと感じるようになってきました。

今回はそこに至るまでの気持ちの変化や、今後の不妊治療への向き合い方を書いてみたいと思います。

不妊治療の苦しみは本当に人それぞれです。

誰と比べても苦しい。だから人とは比べず、自分たちの軸を見つけるしかない。

私の経験談や気持ちの変化の過程が、同じように苦い経験をお持ちの誰かの助けになれば嬉しいです。

目次

3度の稽留流産

人工授精の段階でも体外受精に移行してからも稽留流産を経験しています。

まずは私の流産歴を簡単にご紹介させて下さい。

1度目|2024年11月

最初の稽留流産は人工授精で妊娠反応が陽性になり、わずかながら心拍が確認された後の事でした。

タイミング法からステップアップしてすぐの成功で、「体外受精じゃなくても子どもが持てた」と心から嬉しく、妊娠4週目の段階で両親にも報告する喜びよう(今思えばの感想です。楽しみにしてくれていたし、4週での報告が早すぎるとは思っていません)。

しかし胎嚢の小ささの指摘から始まり妊娠8週0日目の検査でほんのわずか心拍が確認出来た1週間後、心拍が確認できなくなり稽留流産と診断されました。

「こんな事あるの?」と、当時はもう天国から地獄に突き落とされた気分。

次回の診察で手術の日取りを決めようとなっていた矢先、自宅で自然に完全排出し妊娠終了となりました。

涙が止まらない悲しみではあったのですが「妊娠できるよって教えてくれたんだ」と考えを切り替え、不妊治療を続ける事に。

2度目|2025年9月

2度目の稽留流産は体外受精にステップアップし、最初に胚移植をしたあとの事です。

胚移植から10日後の判定日、「妊娠反応自体は陽性だけど線がすごく薄い。失敗の可能性が高い。」と先生に告げられました。

翌週、また翌週と経過を見るも、胎嚢も小さく卵黄嚢や胎芽も全く確認できない。

1度目の時とは違い出血など自然排出の兆候も全くなかったため、妊娠7週目で流産手術をする事に決まりました。

とはいえこの時は「体外受精1回目でそんなに上手くいくわけない」と自分でも思っていたし、最初に失敗の可能性が高いと教えられていたためそこまでショックは大きくなかったです。

凍結胚もまだ1つ残っていたのと、”流産後は妊娠に向けて子宮環境が整いやすい”とも聞いていたので、気を落としすぎる事なく2度目の胚移植に進みます。

3度目|2025年12月

そして今回の3度目の流産に繋がるのですが、自分でも思ってもみなかった程今回の流産は私に大きなショックを与えました。

そもそも今回移植したのは4bcとあまり良くないグレードの胚。

だから妊娠判定日までは「4bcだし年齢も若くないし、たぶん無理だよね」と自分の中では半ば諦めていたんです。

そして判定日。

驚くべき事に妊娠反応は陽性で、判定の線も今までで一番濃いという結果に。

またhCGの数値も妊娠4~5週の時点で5,000以上と、今までにないくらい私の中で”ちゃんとした妊娠状態”になれた感覚がありました。

5週3日目の経過観察でも胎嚢1cm弱と平均的な数値。

4bcの胚でこれだけ上手くいくならきっと大丈夫。今回こそ産める。あとは心拍確認さえ出来れば。

そう思ってしまった矢先に、出血しました。

3度目の稽留流産が分かった時

1度目の稽留流産の時は「妊娠できるんだ」と気持ちを切り替える事ができました。

2度目の稽留流産は心の準備が出来ていました。

でも今回の稽留流産は期待していなかった4bc胚盤胞移植での陽性で、数値は今までにないほど良かったし胎嚢確認までは順調に行っていた。

着床し陽性になった事が青天の霹靂だったのと同じくらい、赤ちゃんが上手く成長できていないという事実が何の覚悟も出来ていない私にジワジワと突き刺さってきました。

前触れなく涙が止まらない

今回もダメかもしれないと言われて数日間は、「そんなに上手くいくハズないか」と気持ちを切り替え(られたつもり)て仕事にも行っていたんです。

でも失敗を告げられた3日目の朝、出勤するため家を出る直前で何の前触れもなく涙腺が崩壊。

何が悲しくて涙が止まらないのかが本当に分からなかったです。

ステップアップしてくる中で自分たちが出産に至りづらい事は理解していたし、この週数での流産は受精卵の染色体異常の可能性が高い事も知っている。流産になったのは私の責任ではない。

嫌というほど「流産」という言葉で検索し、どのサイトを見ても”あなたのせいじゃないよ”という意味で書かれているのだと分かってはいるのですが、あの時の私はそんな風に読めなかった。

  • 初期流産は珍しくないから悲しんではいけないということ?
  • この経験をする人が1割弱はいるから、仕方ない事と納得しないとダメなの?
  • 今のところ妊娠したら100%流産している、私は一体なんなの?

湧き上がってくるのはそんな想いばかり。

「こんな想いをするなら着床せず陰性の方が良かった」なんて思ってしまった時もあります。

本当はそうじゃない。陰性が続き妊娠出来ない状態だって、同じように涙が止まらない程つらく悲しいに決まっているんです。

そういう事も考えられないくらい、悲しみに飲み込まれ自力では這い上がれない状態に陥ってしまいました。

当然その日は仕事に行けるハズもなく、1日中泣いて泣き疲れて寝て、目覚めてまた泣いて。というのを繰り返し。

きっと「自分の中で3回も命の始まりが消えた」という事実に、私は耐えきれなかったんだと思います。

私たち夫婦に必要な覚悟とは

急に感情の線が切れてから2日たち、今はもういきなり涙が止まらないなんて事はないし流産手術の日程も決まりました。

でも3度目の稽留流産を経験して、今まで考えた事のない想いが私の中に生まれています。

私たち夫婦の不妊治療に必要なのは”子どもを持てない覚悟”ではなくて、”芽生えた命が消える事に対する覚悟”なんだという事です。

人によっては「命を信じないなんて不謹慎だ」と思われるのかもしれません。「妊娠自体は出来てるんだから、最後まで信じてあげて」と思う方もいるのかもしれない。

でも3度目の命の始まりが消えた今、次に芽生えた命が消える覚悟をしておかないと私はきっと壊れてしまう。

それにもし次の命が消えてしまった時「どうして。何がダメだったの。私のせい?」と途方に暮れて泣き喚くのではなく

「ここまで育ってくれてありがとう。会えなくてごめんね。本当にありがとう。」そんな気持ちで向き合いたい。

こんな風に思っています。

今後の不妊治療への向き合い方

もう移植できる胚が無くなってしまったのでまた採卵からやり直す事になるのですが、今後は自分たちのメンタル的なケアの事も考えて不妊治療に取り組んでいこうと思っています。

涙の理由も分からないし涙を止める事もできない状態になったとき、すぐ行ける場所に心療内科がないか確認しました。

数軒ヒットしたものの結局どこに行けばいいのか決められず、受診できなかったんですよね。

この状況が大丈夫なのかそうではないのか自分自身で判断できない。こと不妊治療において、私はそんな状況に陥る可能性が今後も大いにあると感じました。

だから自分自身で気持ちの整理が出来なくなった時、すぐ頼れる場所を見つけておきたいと思ったんです。

私の中の固定観念が「母親になったらもっとツラい事もある。そのくらい耐えなくてどうする」と言っているのも聞こえます。

でも耐えられる限界がそもそも人によって違うのに、ツラい時に助けてと言えない、我慢するのは違うんじゃないかと思うんです。

誰とも比べず「私たち夫婦の不妊治療はこういう道のりなんだ」と、自分たちの人生の軌跡として不妊治療に向き合っていきたいと思います。

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